墨荘堂ブログ

西洋医学全般のセカンドオピニオンとして立脚する「和方鍼灸」を追求する関墨荘堂鍼灸治療院のブログです。
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和法鍼灸 関 墨荘堂
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沢庵禅師と鍼灸
沢庵宗彭(たくあん そうほう)(1573〜1645)は、大徳寺住持も勤めた臨済宗の名僧ですが、吉川英治作の小説『宮本武蔵』でご存知の方も多いでしょう。
画像と本文はほとんど関係ありません

しかしよく言われているように、史実において武蔵と沢庵和尚の間に接触のあった記録は無いようです。

創作してまで吉川英治が沢庵を登場させたのも、沢庵が柳生宗矩に与えた書簡集『不動智神妙録』で、「剣禅一味」を説いたという事実があるからではないでしょうか。

『不動智神妙録』は禅で武道の極意を説いた書物ですが、原本は現存せず、沢庵から柳生宗矩に書き贈ったという事実を証する史料はないそうです。

 おそらく『不動智神妙録』の原本が見つかればニュースになると思いますが、今回は『不動智神妙録』ではなく、鍼灸に関する沢庵の直筆本のおはなしです。
 
 沢庵が近世日本の医学に与えた影響は、唯一の伝本である四天王寺国際仏教大学の所蔵本を基に復刻された『沢庵和尚全集』にある「針記」で見る事が出来ます。

「針記」の内容は『鍼灸抜粋』の「補瀉迎随之事」に全文が収録されているので、鍼灸師ならばどこかで見た事があるのではないでしょうか?もっと言ってしまうと『鍼灸重宝記』にもこの「補瀉迎随之事」は再録されていて、「予」と「悦」の取り違えから誤解を生んでいるあの文章です。(くわしい経緯は『意中玄奥の世界』の長野先生の論文を読もう!)

 今回突然市場に出た『刺針要致』は、沢庵が47歳の頃、瘧疾に罹り他の方法では治らなかったものが、鍼立・悦公の施術(打鍼)で快方に向かう様子を悦公の理論と供に本人が記した「針記」の直筆本です。(くどいようですが本人が書いたものです!)

実はこのネタ、今週末に札幌で行われる日本東洋医学会で長野先生が発表される一般発表の内容です。札幌近辺の方は当日参加すれば、ライブで聞けます(笑)。

 以前にも書きましたが、鍼灸師は鍼灸以外の学会には目もくれませんし、東洋医学会に取材に来る鍼灸関係の編集者はごく一部を除いて、こういう大事な事を記事にしないので、あえてお知らせした次第です。
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