墨荘堂ブログ

西洋医学全般のセカンドオピニオンとして立脚する「和方鍼灸」を追求する関墨荘堂鍼灸治療院のブログです。
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和法鍼灸 関 墨荘堂
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暗闇坂の楷樹
儒学の祖、孔子(紀元前552~479)は、世を去った後、山東省曲阜(きょくふ)の泗水のほとりに埋葬されました。門人たちは3年間の喪に服した後、中国全土から集めた木々を植えました。この森は今も墓所のまわりに残り、孔林(70万坪/200ha)と呼ばれています。

孔子十哲と称された弟子の一人の子貢(しこう)は、さらに3年小さな庵にとどまり、楷の木を植えてその地を離れました。この楷の木が世代を超えても受け継がれ、「子貢手植えの楷」として今も孔子の墓所に残っています。

「楷の木」はウルシ科の高木で、日本名はトネリバハゼノキといいます。孔子にちなんで『学問の木』ともいわれ、また、葉が左右揃って出るので、(写真)「楷書」の語源とされています。

 

閑谷学校(岡山県)の聖廟の両脇に二本の木が植えてあり、秋の紅葉がすばらしいことは有名ですよね。

この楷の木、江戸時代までは日本には存在しておらず、大正4年(1915)、当時の農商務省林業試験場長だった白澤保美博士が、中国曲阜の孔子廟の楷の実を持ち帰り、大正14年にその苗を全国の孔子ゆかりの地である、湯島聖堂、足利学校、閑谷学校、多久聖廟などに寄贈したのが最初なんだそうです。

楷の木は雌雄異株で、実をつけるまでに20年もかかり、それまでは雌雄の区別がまったくつかず、雌株と雄株をあまり離して植えてしまうと交配できず、しかも発芽率は低い(50%程度)という大変珍しい木です。

実はこの楷の木が麻布の暗闇坂にあるのですが、この家の方は漢学関係の方なのでしょうか?とっても気になります。

なんとか種をひろって発芽させたいと画策しているのですが、ハードル高そうです。

コメント
from: おいら   2010/08/24 4:56 PM
Oh~ ニューカテゴリー

孔子好きのおいらとしては、ここでいつものように偽漢詩などを書こうまいかと思うところですが、ハゼノキと聞いて「ふしぎな島のフローネ」を思い出しましたっす

ハゼノキでろうそくを作る話がありましたよ

儒学はろうそくをつかって夜中まで勉学に励むことをハゼノキを通して教えているのかもしれませんねえ


ちなみに暗闇坂を古地図で調べてみたら、山崎主税助という旗本や木下飛騨守や木下備前守の屋敷があったようですから、普通に武士が孔子をオマージュして植えたのが残っているのではないでしょうか?
from: 墨荘堂主人   2010/08/24 7:32 PM
おいら様、残暑お見舞いです。

江戸時代には自生していなかった様なので、残念ながら武士が孔子をオマージュして植えたという説はないですねぇ

ちなみに根皮には止血、解毒作用があります。
from: おいら   2010/08/24 8:08 PM
はは〜ん

ネットにあった明治16年の古地図では民家か畑か茶畑だったようです

昭和では完全な住宅地だったようなんですが、なかなかでかい庭の広い家が並んでいました

やhり武士ではなく明治期の住人が孔子LOVEだったと考えるのが妥当なのかも知れませんねえ


関係ないですが、今年もF−22が来ていたようですっす
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